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小林 雅英

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小林 雅英、人呼んで「幕張の防波堤」。薮田安彦、藤田宗一から小林に繋ぐリレーはロッテの“勝利の方程式”である。その高い安定感を誇るリレーを阪神の「JFK」とかけて「YFK」と呼ぶ。入団した99年シーズンは専ら先発として起用され、5勝5敗の成績を残したが、翌00年、当時の山本功児監督によってリリーフに配置転換されると、150㎞超の速球と高速シュートを武器に11勝6敗14セーブの好記録を挙げる。 以後03年まで3年連続の30セーブを達成している。04年、アテネオリンピック野球日本代表に選出。リリーフ投手として素晴らしい成績を出してはいるが、毎回のようにヒットなどでランナーを出す。そしてピンチになるも最後は抑えるという所謂「劇場」をやってしまうことが多い。そのためついたあだ名は「劇場王」。05年にようやく初のタイトルである最優秀救援投手賞を獲得したが、投球回数を上回る被安打数(45回1/3イニングに対して被安打49、与四死球10)を記録した。それでも防御率は2,58で要所は締めていた。05年5月18日の対広島東洋カープ戦において、プロ野球史上4人目となる通算150セーブを達成。登板数312試合目での150セーブ達成は史上最速。 05年10月15日、福岡ドームで行われたプレーオフの対ソフトバンク第3戦にて31年ぶりのリーグ優勝を目の前にして4-0から同点にされる大失態を演じた。第5戦でも一打同点、プレーオフ敗退の場面を「演出」するも、後続を抑えて胴上げ投手となり、劇場王の面目を保った。日本シリーズでは、阪神タイガース相手に第4戦のみに登板、四球でランナーを出したものの、見事に胴上げ投手となった。






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  1. 2005/10/31(月) 22:42:52|
  2. 2005年 10月
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