背番号 25

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佐々木 主浩

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佐々木 主浩、ニックネームは大魔神。背番号は日米球界を通じて22番。背番号22番は、横浜ベイスターズの永久欠番となる事が噂されている。89年、ドラフト1位(野茂英雄の外れ1位)で横浜大洋ホエールズ(現:横浜ベイスターズ)に入団。 入団2年目より救援に専念すると、重い直球と落差のあるフォークボールで高い奪三振率を記録し、圧倒的な存在感を持つ抑え投手となった。 特に中継ぎの盛田幸妃投手とのコンビは鉄壁を誇り、「横浜相手で6回までにリードしていない限り、逆転は不可能」とまで言われるほどであった。 98年には島田直也、横山道哉など、好調な中継ぎ陣とともに横浜の優勝に貢献、MVPに選出された。99年オフにFA宣言し、メジャーリーグのシアトル・マリナーズに移籍。ここでも抑え投手として活躍した。04年横浜ベイスターズに復帰。多少威力は衰えたとはいえ、数種類に変化するフォークボールは他球団の脅威となっていた。 しかし、8月4日の中日戦、8月7日のヤクルト戦で連続して救援に失敗すると、8月8日のヤクルト戦でも土橋勝征、岩村明憲、古田敦也に3連続本塁打を浴びて救援に失敗。3試合連続の救援失敗となった後、二軍落ちし、そのままシーズンを終えた。05年のシーズン開始当初は抑え役を務めていたが、年齢と度重なる怪我から来る球威の衰えは隠せず、登板3試合連続サヨナラ負けを喫するなど打ち込まれ、8試合0勝3敗4セーブ防御率9,53の成績で二軍落ち。その後復帰を目指して調整を続けていたが、調子は上がらず、またその間にクルーンが抑え役に台頭したこともあり、チームの戦力構想外となる。8月7日、現役引退を表明。8月9日の巨人戦では、序盤に清原和博に対するワンポイントリリーフという強引な形で宮城での引退登板を行った。本拠地での引退試合は、10月8日(対ヤクルト戦)に行われたが、当初予定されていた登板は「チームがAクラスを争っている時に登板して迷惑をかけるのは良くない」という理由で行わず、セレモニーでの挨拶のみが行われた。「大魔神」と呼ばれるごついイメージとは裏腹に、温厚かつ人当たりの良い性格で、チームメートや後輩からも慕われており、交友関係は野球界のみならず芸能関係にも幅広い。








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  1. 2005/10/31(月) 22:16:22|
  2. 2005年 10月
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