背番号 25

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ペドロ・マルティネス

050603_bbl_mlb_pedro_400.jpg

ペドロ・マルティネス、150キロを超える速球と、3種類のチェンジアップを自在に操る、現役最高との呼び声も高い右腕。これまでにサイ・ヤング賞を97年、99年、00年の3度受賞している。かつてドジャースのエースとして活躍したラモン・マルティネスを兄に持つペドロは、1988年ドジャースに入団し、92年9月24日にメジャーデビューを果たした。1988年ドジャースに入団し、92年9月24日にメジャーデビューを果たした。翌93年、メジャー初勝利を含む10勝5敗の好成績を残した。シーズン後にデリノ・デシールズとの交換でモントリオール・エキスポズに移籍。エクスポズでは4年連続で2ケタ勝利をマークするなど、先発ローテーションに定着。97年に17勝8敗、防御率1,90、305奪三振、13完投を記録し、初のサイ・ヤング賞を獲得。98年にカール・パバーノ、トニー・アーマスとの交換でボストン・レッドソックスに移籍、同球団と6年間7500万ドルという当時としては投手として史上最大の契約を結ぶ。移籍1年目は19勝7敗、2年目の99年には自己最多となる23勝、防御率2.07、313奪三振という素晴らしい成績を残し、ア・リーグのサイ・ヤング賞を受賞。2000年も、18勝6敗に加え、自己最高の防御率1.74を記録。2年連続3度目のサイ・ヤング賞に輝いた。先発投手がこれほどの防御率を記録するのは1968年以来である。01年は故障に泣いたが、02年は20勝4敗、03年は14勝4敗と、安定感ではリーグ屈指。04年、新加入のシリングとともに、エースとしてチームをけん引。レッドソックスを86年ぶりのワールドチャンピオンに導いた。シーズン終了後、フリーエージェントとなっていたが、ニューヨーク・メッツと総額4年5200万ドルで契約した。マルティネスの持ち球は常時150キロ代の速球と3種類のサークルチェンジ。時折カーブも投げる。奪三振数は毎年多く、250以上は記録する。投球テンポが速いのが特徴で、打者に考えるスキを与えない。100球以上投げるとバテ始めるので、降板する時は近い。マルティネスはこれまで、球場の内外で数々の波紋を巻き起こしている。 厳しい内角攻めのため与死球が多く、数々の遺恨・乱闘を生み出している。 ヤンキースとレッドソックスの間に続いていた「バンビーノの呪い」についても、「俺はあんなものを信じていない。 バンビーノとやらをたたき起こして俺のところに連れてこい。 言葉は悪いが、奴のケツに一発ぶち込んでやる」と言い放つ。 03年のアメリカンリーグ・チャンピオンシップ第三戦では、ヤンキースのベンチコーチであるドン・ジマーを地面に叩き落とし、波紋を呼んだ。04年のシーズン終盤にはヤンキース戦で打ち込まれたせいか、「ヤンキースをダディーと呼ぶ」などと白旗を上げるかのような発言をし、それをネタに野次を飛ばされたが、幸いにもチームはヤンキースを打ち破り、ワールドシリーズを制覇した。グラウンド内でも外でも話題の絶えない選手である。


スポンサーサイト
  1. 2005/10/30(日) 16:33:18|
  2. 2005年 10月
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ロジャー・クレメンス | ホーム | 松井 稼頭央>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://backnumber25.blog33.fc2.com/tb.php/18-d3e1f40f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ジュニア

Author:ジュニア
背番号25へようこそ!!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。